世の中には、色んなことを考えて、色んなことをしている人がたくさんいるが、本のPOPを描きまくっている人がいる。それが、POPインストラクターの片山茂さんだ。
片山さんとネットギャリーの出会いは一通のメールだった。
目次
POPインストラクター誕生!
長崎県壱岐市出身の片山さんは、高校卒業後、大手出版取次会社の日本出版販売株式会社(以下日販)に入社。九州支店の書店営業担当に配属となった。
出版社と書店の間に立つ取次会社は、卸業として商品を流通させるだけでなく、商品情報の集約や発信も行う。そして、営業担当者は、書籍や雑誌を書店に供給する手配はもちろんのこと、書店経営や店舗運営などのサポートも行う重要な存在だ。
日販に入社してからというもの、片山さんは、通常の書店営業はもとより、書店が開催するイベントではお客さんを誘導したり、戸板販売で書店さんと一緒に声を出したりと、書店の売上のためならとにかく何でもやったという。
そうやって書店の売り場を見ていく中で、何回か「もっとこういうPOPがあったら本は売れると思うから作ってみたらどうですか?」と率直な提案を書店さんにしてみたことがあったそうだが、「良い案だと思うんだけど、忙しくってなかなか…。」という返答が続いていた。
確かに書店の現場はいつも慌ただしく、たった1冊の本のPOPを悠長に書いている時間はない。けれど片山さんはその度に、POPは絶対にあった方がいいと思っていた。そうした、ふつふつとした思いが降り積もり、どうにも我慢が出来なくなったある日、だったらもう作ったらいいじゃないかと一念発起。
自分でPOPを描き始めた。
もともと片山さんは高校では美術部で、絵を描くことが好きではあったが、それは油絵だったりと、まさに「THE美術部」。入社後も先輩から「高校の時、美術部だったの?!」という一言から、ポスターの作製や書店の売り場装飾を担当してきたけれど、書店のPOPは商業デザインの最たるものだ。
片山さんにはそんな経験は全くない。なので、いざ描いてみようと思っても、選んだ本のPOPのテーマカラーは装幀に合わせればいいのか、色彩学を参考にすればいいのか、文字を書くペンの種類はどれがいいのか、イラストはどこまでデフォルメしたどういう雰囲気の絵にすればいいのか、文字のフォントも変えるべきかなど、考えることが山のようにあって全く手が動かなかった。でも、まずはやってみようと、試しては失敗してを繰り返し、それらの疑問や悩みを1つ1つクリアしていったそうだ。
▲書斎でPOPを描く片山さん。
描きあがったPOPはスキャンしてデータ化したあと、書店や図書館へ提供している。
▲表現に拡がりを持たせるために画材も細かく使い分ける。
特に「マッキー」「ユニブロスキー」「ポスカ」、筆は「アートブラッシュ」、そして字と絵を描く「細字修正ペン」がお気に入り。
POPを描くときの三つの信念
片山さんが、その膨大な試行錯誤の中で見出した、良質なPOPを描く時の大切なこと、いわば、POP作成の信念は、大きく三つある。
一つ目は、新刊書籍の発売日と同時のタイミングでPOPを書店に届けること。
前述の通り、書店員は毎日大量に入荷する商品とその陳列作業に追われ、1冊の本についての情報を集めたり、実際に読んだり、さらには忙しい書店業務の合間に手の込んだPOPを作成したりするのは至難の業だということを、営業担当時代に目の当たりにしていたし、書店員や出版社からも度々聞いていた。
それがもし、新刊入荷直後の注目が集まるタイミングで良質なPOPが手元にあれば、平台やコーナー、棚にすぐ設置できるため、書籍の販売促進が後手後手に回ることもなく、書店員や出版社の手間も省けて一石二鳥だ。
二つ目は、やっぱり本はきちんと読んでPOPを描くこと。内容は当然のこと、その作品の持つ雰囲気や文章、文体、熱量を感じたいなら自分が読むのがベストだ。百聞は一見に如かず。
だから、まず本をしっかり自分で読んで体感してPOPのイメージを膨らませる。次に、読後に思いめぐらせた感想や言葉を集めてPOPのキャッチコピーを作り出す。
そうでないと、人の目を止め興味を引き、人の心に訴えかけるPOPやキャッチコピーはできない。
三つ目は、自分一人だけの感想や思いだけでPOPを描くのではなく、なるべく様々な立場の人の、様々な角度から書かれたレビューを読んで、全方位にいる読者の心に響くPOPを描くこと。
例えば、小説や物語というジャンルは、毎年恒例の芥川賞・直木賞、本屋大賞、近年新たに出来た様々な文学賞のおかげで読む人が多いジャンル。より多くの人に読書を楽しんでもらうために、このジャンルのPOPを描くことは重要だが、読んだ時の感想や解釈は、個人個人で変わることが多く、極端な話をすると、自分がハッピーエンドでも、他の人にとってはバッドエンドかもしれないこともある。
そこが読書の醍醐味でもあるのだが、真逆の解釈や感想は言い過ぎだとしても、さすがに自分一人だけの感想では思い付くことがなかなかできないものだ。
以上の、
1.発売前に新刊情報を知ることができ、
2. その書籍の本文が全て読めて、
3.様々な視点の感想も読むことができる。
という自分の信念を網羅してくれるものはないかと探していた時に、とある出版社から紹介されたのがネットギャリーだった。
片山さんは早速「ネットギャリー」と検索、サイトのトップページの文言を見て、これだ!と確信して登録。しかし、使い方がイマイチ良く分からない。でもどうしても使いたい!そんな強い思いが、SOSのメールを送らせ、今回の取材を決めさせた。
片山さんは、新着作品一覧ページを日々チェックし、新刊情報を得ている。このページはお気に入り登録必須だ。
POPインストラクター、全国を飛び回る
さて、POPインストラクターのキャリアも40年という片山さんだが、その長いキャリアの中でオファーが殺到しているのが、学校や図書館からの依頼の「POP作成ワークショップ」。
ある日、学校の先生からこんな問い合わせがあったそうだ。
「図書館も書店のように、装飾をして色々な魅せ方をしていったらおもしろいと思うんです!生徒自身が手描きPOPを作って本をおすすめする。この体験はきっと読書意欲が沸くはずです!ぜひPOPの作り方を教えて欲しいです‼。」
片山さんは二つ返事で快諾。それから、昼休みの学校を訪れては子供たちに教えて回るワークショップが始まった。
片山さんはホームページを持って自身の活動の宣伝などはしていない。だが、こういった活動が口コミで広まって、学校だけではなく地域の図書館、学童保育からもオファーがかかるようになり、やがて教える側の学校教員や司書などへの講座も開催するようになった。
ちなみに、1回のワークショップで作ったPOPの枚数が一番多かったのはなんと100枚!
出来たPOPを本屋さんで掲示してもらってもスペースが足らず、福岡市のギャラリーを借りて展示するという嬉しい悲鳴もあげたのだとか。
片山さんは、小中学生を中心にさらにPOPの描き方を普及させていきたいと語る。小さいうちから、自分のお気に入りの本の良さを他の人へどう伝えるか、どうおおすすめするかを考えるとともに、その手段を学ぶことで、さらに本に親しみを持つはずだ。その想いはきっと周りの家族や友人にも伝わる。
そうすれば、本に興味を持つ人は確実に増えていく。そう信じている。
それが結果として、書店や図書館、または作家や作品、出版社への応援となり、出版業界全体が活性化されていく。そんな思いが「POP作成ワークショップ」に込められている。
また、このワークショップや講座は小・中学校だけではなく、高校、短期大学までと多岐に渡っている。
特に短大は、ワークショップを開催した図書館の館長のお知り合いが短大の司書講座の講師になられ、その図書館司書資格取得の授業の一環として開催された。
学生の間に、出版業界の現場第一線で働いてきた経験の塊を学べることは、未来の図書館経営や司書育成にも良いことだと思う。
それと同時に、片山さんの地道な活動が着実に人と人とつなぎ、浸透していっていることがよくわかる。
▲高校でPOPの描き方講座をレクチャー。
その際、生徒にはあらかじめ人におすすめしたい本を1冊、各自で持ち寄ってもらっていた。
POPアートに込められた思い
▲ネットギャリーで読んで作成したPOPの数々。
ここまで、片山さんからPOPに対する想い、学校や図書館の心温まるエピソードなどを伺って、これらの想いはまぎれもなくネットギャリーと同じだと確信した。
なぜならネットギャリーは、一冊でも多くの本を一人でも多くの人に知ってもらいたい、一人でも多くの人の手に取ってもらいたい、そう思っている人たちのプラットフォームだからだ。
作家から紡がれた思いを本にして応援する人がいる。
その本を仕入れて売って応援する人がいて、また、その本を読んでレビューを書いて応援する人がいる。
その、大きな「本が好きな人たち」という輪の中に、「POPを描いて本を応援する人」もいる。
片山さんは、その人なのだ。
片山さんとネットギャリーが見つめる本の未来は、きっと同じで、とても明るい。
インタビュー後記
書店に行った時、何を参考にして本を買いますか?という問いに、「手描きのPOPです」と答える人は多い。
今回の片山さんの取材を通して、その理由が分かった気がする。
この情熱は半端ない、この、本への愛は狂気だ。
そして、そういった狂うほど熱意のこもった活動にネットギャリーが使われていることを知り、ネットギャリーの中にはまだまだ新たな可能性が眠っていることを、火傷するぐらい教わった。
▲年間平均POP作成数300枚。2019年までで4030枚。
目標は5000枚だよ、と朗らかに笑う片山さん。
取材:NetGalley 藤吉
文:ライター るな
連載:NetGalleyのすすめ~書店員インタビュー記~
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